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うずら屋(所沢市宮本町) <後編>

うずらのよさを知る。
めざすのはSmall Egg, Big Smile!

前編では「うずら屋」の概要とおすすめメニューをご紹介しましたが、この後編ではお店の歴史やうずらの知識についてお話を聞かせていただきます。

<社長の本木裕一朗さん(右)と店長の杉若真美さん><社長の本木裕一朗さん(右)と店長の杉若真美さん(左)>

 

約20年前、まず「うずらを好きになろう」と考えた

さかのぼると明治時代後期から本木家は乾物や鶏卵を商っていたとのこと。商売は順調だったものの昭和に入ると第二次世界大戦の影響で事業を縮小せざるを得ませんでした。「うずら屋」の母体である株式会社モトキは戦後の昭和32年、主に鶏卵を扱う卸として再出発。やがて栄養豊富なうずらと出会い、「これからはうずらの時代」と確信し、うずらの飼育、卸、直売に取り組んできました。

本木社長は言います。
「以前は営業に行ったりすると『うずらなんか』と言われることが多かったんですよ。我が社の従業員でさえ『この仕事に就かなければうずらなんか手に取ることはなかった』と。それが現実でした」

時代は戦後の復興期から高度成長期へ。「作れば売れる時代だったから、そこにあぐらをかいて商品をPRすることもなかった」と本木社長は振り返ります。うずらという商品の魅力や優位性を広めることなく、買ってくれる人がいるから売っているという姿勢。うずらの生産、製造、卸、直売等をトータルに手掛けていることさえアピールしていませんでした。「うずらなんか」と言われる原因はそこにあると考えた本木社長は、まずそこから直そう、と思ったそうです。

「自分たちでうずらの魅力を訴えて、支持されるようにならなくては、と思いました。どうしたらそれができるだろうかと考えて、お店に来てもらう形がやりやすいと思ったのです。それで『うずら屋』というお店をつくりました」

 

<うずら屋内部は木を基調とした落ち着いた雰囲気><うずら屋内部は木を基調とした落ち着いた雰囲気>

「うずら屋をつくるときは、私も仕事で疲れて限界を感じていたので『自分が休める場所』にしたいと思いました。何から何まで自分の趣味で作ったといってもよいと思います。その結果、訪れるお客さまにも『落ち着ける』と言ってもらえる場になって。これがお客さまにうずら屋へ来てもらうというスタイルのはじまりでした」

本木社長は子どもの頃から父である先代が経営に苦労する姿を見ていました。そのせいでうずら商売は好きではなかったといいます。就職もすぐに家業に入らず、電気関係の会社に入社したとのこと。しかし、先代が病に倒れたのを機に、会社を継承することにしました。その頃も、うずらへの愛着はあまりなく、生活と会社のために仕事をするというスタンスだったそうです。

そこで本木社長が考えたことは「まずうずらを好きになろう、うずらを好きになるにはどうしたらよいか」ということでした。うずらの良いところを知るために文献などを調べてみるうちに、うずらにはいろいろな魅力があることが分かってきたそうです。ほんの一例ですが教えていただきました。

うずらの魅力(1) 鳳凰の原型

古代中国に伝わる伝説の鳥、鳳凰(ほうおう)。この「鳳」はオス、「凰」はメスを意味します。鳳凰は清の時代にまとめられた「廣東新語」という事典に記載されている歴史的な存在で、皇帝の身の周りにはよく鳳凰の絵が描かれています。実はこの「鳳」のモデルはうずらだといわれており、まさにうずらは格式と伝統のある鳥なのでした。

うずらの魅力(2) 絵文字に出現

古代エジプトのヒエログリフ(絵文字)は紀元前3100年頃に起源を持つ象形文字です。この中のUおよびWの絵文字にうずらの雛が使われているとされています。フェニックス(火の鳥・不死鳥)も火を司る神獣「朱雀(鳳)」と紐づけられそうです。

  <古代エジプトのヒエログリフ(レプリカ)のうずら><古代エジプトのヒエログリフ(レプリカ)のうずら>  

 

うずらの魅力(3) 聖書に登場

旧約聖書の出エジプト記には、モーセがイスラエルの民を率いてエジプトを出たものの、食料が枯渇して人々が飢えに直面する様子が描かれています。ここでモーセは神の啓示を受け「夕方には肉を、朝にはパンを与えられる」と人々に告げます。夕方になると宿営を覆うほどのうずらが飛んできて、民衆は飢えを満たします。これによりうずらは人を救う象徴と考えることができます。

うずらの魅力(4) 民話で伝承

ヨーロッパに伝わる有名な民話「長靴をはいた猫」では、王様に山うずらを献上するシーンが出てきます。この物語は1634年に出版された「物語の物語、または小さき者たちのための楽しみ/ペンタメローネ」などに収録されています。うずらは王様に献上されるほど貴重なものだったことがよく分かります。

うずらの魅力(5) 鳴き声

昔は地方によってまちまちに表現されていたうずらの鳴き声ですが、今は「御吉兆」になぞらえて「ゴキッチョウ」と言うようになりました。農村では畑でうずらを見ると豊作になるという言い伝えもあり、まさしく吉兆を伝えるおめでたいイメージが広がっています。

  <店内には随所にうずらが潜んでいる><店内には随所にうずらが潜んでいる>  

 

 

「うずら屋」の10年前と10年後

本木社長は「うずら屋」を開店した10年前、高級感を打ち出してビジネスとして成功させようという思いが強かったとのこと。当時はテーブルにクロスを掛け、水を提供するのもワインクーラーに入れるような雰囲気を演出。実際にベンツやBMWが駐車場に停まることが多かったそうです。

「でも何か違うな、と。自分たちは何のために仕事をしているのか。常に考えながらうずらと向き合ってきました。10年かけてたどりついたのは、お客さまによい食べ物をお届けすること、体づくりに役立つこと、健康になっていただくこと。そのために『うずら屋』はあるのだとわかりました」

そこで本木社長が社員と一緒になって考え、ひとつのスローガンが生まれたといいます。そこには「うずら屋はひとことで言ったら何をやる会社か」が表現されています。

 

Small Egg, Big Smile

「うずら屋」の存在意義は、小さな卵を大きな笑顔につなげること。人は美味しいもの、面白いもの、珍しいものなどに感動し、それが笑顔につながります。本木社長は「単におなかを満たすだけでなく、きちんと体をつくる食事を提供していきたい」と言います。

 

<小さなうずらの卵が大きな笑顔につながる><小さなうずらの卵が大きな笑顔につながる>

 

過去と現在のことだけでなく、未来のことも伺いました。いまから10年後の「うずら屋」はどうなっているでしょうか。「10年後ですか・・・アイテム数が増えていればもう1店舗出せればいいなと思っています。私としては、商品に感動していただき、お客さまの『へぇ~』という声を聞きたいですね。今のお店は住宅街にあって見つけづらく、3回目でやっと来られた!というお客さまもいらっしゃるので恐縮しています。もしもう1店舗出せるなら、また違った立地で挑戦してみたいですね」

 

生まれ育った所沢にひとこと

本木社長は所沢で生まれ、明峰小学校、所沢中学校で学んだ生粋の所沢っ子。そして現在は宮本町で経営者として活躍しています。その「所沢愛」の視点に、今の所沢はどう映っているのでしょう。辛口歓迎でお聞きしてみました。

「今の所沢にはエネルギーが溜まっているのにグツグツして吹き出せない感があります。それから思い切った冒険ができない雰囲気も感じています。
行政や大企業は再開発に取り組んでいますが、そうしたハード面ではなく、何かソフト面でのもの足りなさを感じるんです。あくまで私の主観で、『じゃあ、こうしたら良い』とも言えない無責任な発言で恐縮ですが。私たちが子どもの頃はよそから来たお客さんがこぞって『所沢っていいところだね』と言ってくれました。そう言われると、よく分からないながらも所沢に住んでいるのが誇りに思えました。

時は流れてシャッターが閉まりっぱなしのお店が増え、いまひとつ元気がありません。古くから地元にいる人たちはもちろん頑張られていますが、他から引っ越してきた人たちを巻き込む何かを考えたい。もっと所沢を掘り起こしたいと思います」と熱心に話してくれた本木社長。

その熱意で、所沢に「うずら屋」あり!と10年後も100年後も支持されるような老舗になってくれるのではないかと期待が膨らみます。

 

【お店のデータ】

うずら屋

店  名/うずら屋
所 在 地/所沢市宮本町2-5-8
電  話/04-2935-3000
営業時間/月:11:00~16:00(L.O.15:00)・火~土、祝日、祝前日:11:00~18:00(L.O.17:00)
定 休 日/日曜日
駐 車 場/あり(5台)
公式ホームページ/ http://uzuraya.com/
Instagram/ uzuraya_cafe

文/イワタハルユキ
取材・撮影/イワタハルユキ
前田麻衣子(山口企画設計)
料理写真提供/うずら屋

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